あれから13年になる。
司馬遼太郎が亡くなったのが1996年2月12日。
どういう経緯で呼ばれるようになったか忘れたが、司馬遼太郎の命日を菜の花忌と呼んでいる。
2009年2月10日火曜日
はっさく
数日前、初ものの「はっさく」を食べました。
みかんはあまり食べませんが、はっさくは好きでよく食べます。
はっさく特有の酸味がいいんですね。しばらく食の楽しみが増えます。
昨夜TVでやっていた内容で、音よる発電、振動による発電というのがありました。
騒音が電気にかわったり、道路に特殊なパネル(みたいなもの?)を埋め込むと、そこを通る人が踏みつけていくことにより発電される。車道なら車が通るたびに発電されるという仕組みです。都会の道路に敷き詰められるとかなりの発電量になるようです。
これは素晴らしい!
まず、それを発想したことが素晴らしい。実用化されたらいろんな面でメリットがあると予想されるから、これは凄いを唸ってしまった。
みかんはあまり食べませんが、はっさくは好きでよく食べます。
はっさく特有の酸味がいいんですね。しばらく食の楽しみが増えます。
昨夜TVでやっていた内容で、音よる発電、振動による発電というのがありました。
騒音が電気にかわったり、道路に特殊なパネル(みたいなもの?)を埋め込むと、そこを通る人が踏みつけていくことにより発電される。車道なら車が通るたびに発電されるという仕組みです。都会の道路に敷き詰められるとかなりの発電量になるようです。
これは素晴らしい!
まず、それを発想したことが素晴らしい。実用化されたらいろんな面でメリットがあると予想されるから、これは凄いを唸ってしまった。
2009年2月9日月曜日
モーツァルト/交響曲第39番
カラヤンの遺した膨大な録音のうち、ライブがCDとして発売されたものはごくわずかではないだろうか。1985年と1988年のライブをここ1週間聞いてきたが、これ以前にライブ録音といえばバイロイトライブ(があったはず・・・、曲名未詳)とマーラーの9番くらいしか知らない。どちらも聞いたことがないが・・・カラヤンの録音は、ホール等で何回かテイクをとっておいて編集し、完璧なものをLP又はCDにして市場に出すというイメージがある。だから今回の85,88年のライブはどんな演奏になるのだろうかと興味津々だった。
いくつか取り上げたい曲があるが、今日はまずモーツァルト/交響曲第39番について書く。
指揮:カラヤン 演奏:ベルリン・フィル
1988年5月5日サントリーホールでのライブ録音
1988年といばカラヤン最晩年である。この39番を一通り聞いて驚いたことはテンポのこと。
ベームを代表として晩年テンポが遅くなっていく指揮者がいるが、ここでのカラヤンは遅くなることは全くない、颯爽としたテンポで気持ちの良い速さなのだ。
オーケストラの響きはモーツァルトにしては重量感がありすぎという人もいるだろうが、僕は気にならなかった。カラヤンのモーツァルトはこんなものと思っているから違和感はない。
1楽章は主部のテンポとスピード感がいい。勢いのよさはライブならではかもしれない。
2楽章はヴァイオリンのレガートがいっぱい聞かせた歌いっぷり、カラヤン・レガートと勝手に命名しておきましょう。いやはやカラヤン・レガートの炸裂(?) これはこれで気持ちいいもの。
3楽章、ゴージャスな舞踏会というイメージだ。中間部のクラリネットのメロディが大好き。このときは誰が吹いているのだろう?いい音だ。
4楽章、全曲の最後を飾るにふさわしい盛り上がりがある。
素朴な感想だが、カラヤンのライブは結構いいものだ。
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2009年2月8日日曜日
見たくないものは・・・
今日の読売新聞の書評欄で、半藤一利著「幕末史」に対して磯田道史氏が書いた文に
「例えばペリー来航やソ連参戦には事前情報があった。しかし、日本人には、たしかな情報があっても、起きたら困ることは起きないことにする病弊があって失敗した。半藤節はこんなふうに警鐘を鳴らす」
とありました。カエサルが語った『見たいと欲することしか見ていない』の逆だなと思いました。
「見たくないものは見ようとしない。」又は「見えない」ということになるのでしょうか。
それから歴史好きと大きな顔をすることがありますが、幕末や近現代史には疎く、ペリー来航やソ連参戦には事前情報があったことは知りませんでした。 ペリー来航での江戸幕府のうろたえぶりをみると、危機管理能力が相当落ちていると思いました。
話変わって、今夜BSで「カルメン」が放映されますね。録画する予定です。
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「例えばペリー来航やソ連参戦には事前情報があった。しかし、日本人には、たしかな情報があっても、起きたら困ることは起きないことにする病弊があって失敗した。半藤節はこんなふうに警鐘を鳴らす」
とありました。カエサルが語った『見たいと欲することしか見ていない』の逆だなと思いました。
「見たくないものは見ようとしない。」又は「見えない」ということになるのでしょうか。
それから歴史好きと大きな顔をすることがありますが、幕末や近現代史には疎く、ペリー来航やソ連参戦には事前情報があったことは知りませんでした。 ペリー来航での江戸幕府のうろたえぶりをみると、危機管理能力が相当落ちていると思いました。
話変わって、今夜BSで「カルメン」が放映されますね。録画する予定です。
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2009年2月7日土曜日
2009年2月6日金曜日
カエサルの2つのことば
「人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。
多くの人は、自分が見たいと欲することしか見ていない」
「どれほど悪い結果に終わったことでも、それがはじめ
られた そもそもの動機は善意によるものであった」
この2つは、ユリウス・カエサルが語ったことばです。
塩野七生さんの大作『ローマ人の物語』は全15巻からなっています。ようやく第4巻、第5巻の「ユリウス・カエサル」をようやく読み終えましたが、ここでカエサルのことばであると紹介されるまで、塩野さんの基本的な考え方であると思い込んでいました。
それほどまでによく引用されることばです。 僕が今まで読んだ5巻の支柱になっているのではないかと思えるほどで、要所要所に引用されています。
多くの人は、自分が見たいと欲することしか見ていない」
「どれほど悪い結果に終わったことでも、それがはじめ
られた そもそもの動機は善意によるものであった」
この2つは、ユリウス・カエサルが語ったことばです。
塩野七生さんの大作『ローマ人の物語』は全15巻からなっています。ようやく第4巻、第5巻の「ユリウス・カエサル」をようやく読み終えましたが、ここでカエサルのことばであると紹介されるまで、塩野さんの基本的な考え方であると思い込んでいました。
それほどまでによく引用されることばです。 僕が今まで読んだ5巻の支柱になっているのではないかと思えるほどで、要所要所に引用されています。
2009年2月5日木曜日
映画「ラ・ボエーム」
吹奏楽出版社のブログを見て、映画「ラ・ボエーム」があることを知りました。
公式サイトは
http://laboheme.eiga.com/ です。
僕の住む片田舎では、近くに映画館がありません。時間をかけて街まで行ってみるという気にもなれず、レンタル屋さんでDVDが出るのを待つだけです。
数年前「オペラ座の怪人」の映画が封切りされたが、ミュージカルと全く同じ音楽だった。原作を読まず、ミュージカルもセリフのチェックそしていなかったので、話の筋や細かいところがよくわかってよかった。
映画「ラ・ボエーム」でも、そんなズボラができるのかな・・・
対訳をにらめっこしながらオペラを聞くのが正当な聞き方なんだろうけど、根気がもたないのと、途中見失ってしまいわけわからなくなるので 、対訳を見ずに音楽のみを聞いています(苦笑)
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公式サイトは
http://laboheme.eiga.com/ です。
僕の住む片田舎では、近くに映画館がありません。時間をかけて街まで行ってみるという気にもなれず、レンタル屋さんでDVDが出るのを待つだけです。
数年前「オペラ座の怪人」の映画が封切りされたが、ミュージカルと全く同じ音楽だった。原作を読まず、ミュージカルもセリフのチェックそしていなかったので、話の筋や細かいところがよくわかってよかった。
映画「ラ・ボエーム」でも、そんなズボラができるのかな・・・
対訳をにらめっこしながらオペラを聞くのが正当な聞き方なんだろうけど、根気がもたないのと、途中見失ってしまいわけわからなくなるので 、対訳を見ずに音楽のみを聞いています(苦笑)
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2009年2月4日水曜日
ラ・ボエーム第3,4幕
前回第1,2幕の記事を書いた後、数回第3,4幕を聞いた。1週間ほどブランクをおいてまた聞いている。
いやあ、何回聞いてもいい!
音の流れ、醸し出す雰囲気、3~4幕すべてがいい。そしてラストいつもジーンとくる。
ブルックナーやワーグナーで、ずっと浸っていたいと思うことがあるが、「ラ・ボエーム」も浸っていたいと思う。
前者の浸りたい感覚と後者のそれは同じではない。僕の感覚の中では別次元というか別領域のような気がする。脳の血流を調べる装置で測定すれば何かわかるかもしれないが、それがわかってどうなるものでもない。
ただこのオペラは、今のところグッと入りこませてくれる数少ないものの一つ。大切な宝物のような1枚だ。
しばらくしまっておきましょう、次聞くときを楽しみに。
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いやあ、何回聞いてもいい!
音の流れ、醸し出す雰囲気、3~4幕すべてがいい。そしてラストいつもジーンとくる。
ブルックナーやワーグナーで、ずっと浸っていたいと思うことがあるが、「ラ・ボエーム」も浸っていたいと思う。
前者の浸りたい感覚と後者のそれは同じではない。僕の感覚の中では別次元というか別領域のような気がする。脳の血流を調べる装置で測定すれば何かわかるかもしれないが、それがわかってどうなるものでもない。
ただこのオペラは、今のところグッと入りこませてくれる数少ないものの一つ。大切な宝物のような1枚だ。
しばらくしまっておきましょう、次聞くときを楽しみに。
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2009年2月3日火曜日
酒井さん
酒井格さんは、1970年生まれの吹奏楽作曲家。日本を代表する作曲家の一人です。
僕は酒井さんの曲が大好きです。
昨年のジューンコンサートで念願かなって、処女作であり代表作の一つである「たなばた」を演奏しましたが、その酒井さん関連のニュースがあります。
高校野球、今年春の選抜大会で開会式に入場行進に使われる曲は、GReeeeNの「キセキ」だそうですが、その編曲を酒井さんが担当されるそうです。
僕は高校野球にはあんまり興味はなく、開会式も○○年見ていません。でも今年はこの曲を(いや、編曲そのものを)聞かないといけないですね(笑)
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僕は酒井さんの曲が大好きです。
昨年のジューンコンサートで念願かなって、処女作であり代表作の一つである「たなばた」を演奏しましたが、その酒井さん関連のニュースがあります。
高校野球、今年春の選抜大会で開会式に入場行進に使われる曲は、GReeeeNの「キセキ」だそうですが、その編曲を酒井さんが担当されるそうです。
僕は高校野球にはあんまり興味はなく、開会式も○○年見ていません。でも今年はこの曲を(いや、編曲そのものを)聞かないといけないですね(笑)
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2009年2月2日月曜日
ジュピター
「ジュピター」は、原義がローマ神話にに登場する気象現象を司る神『ユピテル』の英語名。
今、塩野七生「ユリウス・カエサル」を読んでいるが、『ユピテル』の名前が時々顔を出す。ここから名前をとったんだなと妙に親近感をおぼえる。
今日取り上げる曲は、モーツァルト/交響曲第41番。「ジュピター」のニックネームで呼ばれるこの曲を
指揮 : ラファエル・クーベリック 演奏 : ウィーン・フィル で聞く。
1971年8月13日ザルツブルク祝祭大劇場でのライブ録音。ザルツブルク音楽祭の演奏会の一つだったようだ。始めに演奏されたのが「ジュピター」で、次が「英雄」だ。
クーベリックは僕の大好きな指揮者。
あなたの好きな指揮者5人あげなさいと言われたら、迷うことなくクーベリックの名を出すほど好きである。しかし彼が指揮したCDをあまり持っていないのが悲しいところ。
わずかな所有CD及びLPにモーツァルトの後期6大交響曲(オーケストラはバイエルン放送響)がある。LPで3枚すべて買ったが、CDは40番41番の1枚を買いそびれてしまった(悲)
クーベリックが指揮した6大交響曲は、一言でいうと「格調高いモーツァルト」。
曲そのものや演奏の特徴を言い表すのに、僕の貧弱なボキャブラリーでは表現しきれず苦しい思いをするのがほとんどだが、クーベリックのそれには迷いも何もない、すんなり出てきた形容詞だった。
そんな格調高いモーツァルトは愛聴盤の一つ。
それがだ。ザルツブルクライブの「ジュピター」は様子が違った。
オーケストラの違い(1楽章冒頭のヴァイオリンの歌わせ方や表情から違う。管楽器特にオーボエやホルンの響きの違いは言うまでもない。)バイエルンはスタジオ録音とこちらはライブ録音。録音時の年齢差などいろいろ考えられる。
格調の高さではバイエルンに軍配が上がるが、熱気とスケール感はザルツブルクライブが優る。特に3、4楽章がすごい。
4楽章なんかはベートーヴェンの交響曲かと思うほどだ。僕の浅薄な知識とイメージではモーツァルトの演奏スタイルとベートーヴェンの演奏スタイルには断絶があるが、この楽章だけはモーツァルトの延長線上にベートーヴェンが見えてくる。そんな印象を与えた演奏だった。
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今、塩野七生「ユリウス・カエサル」を読んでいるが、『ユピテル』の名前が時々顔を出す。ここから名前をとったんだなと妙に親近感をおぼえる。
今日取り上げる曲は、モーツァルト/交響曲第41番。「ジュピター」のニックネームで呼ばれるこの曲を
指揮 : ラファエル・クーベリック 演奏 : ウィーン・フィル で聞く。
1971年8月13日ザルツブルク祝祭大劇場でのライブ録音。ザルツブルク音楽祭の演奏会の一つだったようだ。始めに演奏されたのが「ジュピター」で、次が「英雄」だ。
クーベリックは僕の大好きな指揮者。
あなたの好きな指揮者5人あげなさいと言われたら、迷うことなくクーベリックの名を出すほど好きである。しかし彼が指揮したCDをあまり持っていないのが悲しいところ。
わずかな所有CD及びLPにモーツァルトの後期6大交響曲(オーケストラはバイエルン放送響)がある。LPで3枚すべて買ったが、CDは40番41番の1枚を買いそびれてしまった(悲)
クーベリックが指揮した6大交響曲は、一言でいうと「格調高いモーツァルト」。
曲そのものや演奏の特徴を言い表すのに、僕の貧弱なボキャブラリーでは表現しきれず苦しい思いをするのがほとんどだが、クーベリックのそれには迷いも何もない、すんなり出てきた形容詞だった。
そんな格調高いモーツァルトは愛聴盤の一つ。
それがだ。ザルツブルクライブの「ジュピター」は様子が違った。
オーケストラの違い(1楽章冒頭のヴァイオリンの歌わせ方や表情から違う。管楽器特にオーボエやホルンの響きの違いは言うまでもない。)バイエルンはスタジオ録音とこちらはライブ録音。録音時の年齢差などいろいろ考えられる。
格調の高さではバイエルンに軍配が上がるが、熱気とスケール感はザルツブルクライブが優る。特に3、4楽章がすごい。
4楽章なんかはベートーヴェンの交響曲かと思うほどだ。僕の浅薄な知識とイメージではモーツァルトの演奏スタイルとベートーヴェンの演奏スタイルには断絶があるが、この楽章だけはモーツァルトの延長線上にベートーヴェンが見えてくる。そんな印象を与えた演奏だった。
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