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楽譜上は奏者全員休符になっているが、そこには残響という音をイメージして作曲したのではないだろうか。
もっと言えば、残響を一つの音として意識していたのではないか。そして確信をもってゲネラルパウゼにしたのではないか。
ロベルト・パーテルノストロ/ヴュルッテンベルク・フィルの演奏で、ブルックナーの交響曲第3番を聞いている中で、そんな突飛な考えが浮かんできました。聞き進むにつれて思いつきが思い込みになってきたのです。
3番は他の作品と比べ、曲中にゲネラルパウゼの多いように思いますが、大聖堂に広がる残響がその思いを持たせました。
それが頭の中をぐるぐる回りだすと、曲がしっかり聞けなくなりました(苦笑)
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