2008年5月24日

先日、小学校の近くを通りかかったら運動会の練習をしていました。
「そうそう、土日は運動会があるんだ」と再確認しました。

ところが今日は雨です。中止になったのでしょうか。そうなると明日に延期ですが、明日は我が吹奏楽団の練習日です。運動会に関わる団員がそこそこいるので、すごく気になります。
天気予報をみると、明日の午前中は弱雨、午後から曇りとなっています。どうなるんでしょう・・・

本番まであと3週間、練習にたくさん集まってもらうには、明日は雨に降ってもらわなくてはいけませんね。

2008年5月23日

シベリウス/交響曲第5番

「ひたっていたい」

5番の交響曲を聞いていて、ふと思う。音の流れに、響きの中にひたっていたいと。

シベリウスには独特な響きの世界があると思う。
とはいっても、昨秋交響曲全集を購入して、やっと全曲聞いたが、それまでは交響曲は1,2,5,7番と管弦楽曲のわずかしか知らなかった。その程度だから、偉そうなことは言えない。ほんとに素朴な感想だ。

響きの中にひたっていたと思わせる作曲家は?と自問したところ、ぱっと思いつくのは、シベリウスとブルックナーかな ・ ・ ・  別の作曲家でも個別の作品だったら、いろいろあるだろうなと思う。
ブルックナーはどっぷりひたらせてくれるが、シベリウスはひたらせてくれるところと、音楽が展開していくためそうではないところがある。大雑把にそんな違いがあるような気がする。

演奏に関していうと、響きの作り方で聞く方の印象は大きく変わると思う。
20年は前になるだろうか、第1番がFMで放送されたのでカセットテープに録音してよく聞いた。コリン・デイヴィス/ボストン響の演奏によるものと、昨秋購入したのはバルビローリ/ハレ管によるものの違いは大きかった。前者は涼感のある響き、後者は熱い演奏(熱い響きとはいえないので、演奏という言葉を使います。バルビローリの作りだす響きをうまく形容する言葉が見当たりません、すみません)。
クラシックCDをいろいろ買う楽しみの一つは、演奏の違いにあると思っている。いろんなタイプの演奏があり、それを聞くのが好き。また聞き比べも楽しい。ところが、デイヴィス盤とバルビローリ番はタイプの違い以上のものがあった。ギャップと言っていいかもしれない。


さて、交響曲第5番 変ホ長調 作品82は、1915年生誕50周年記念祝賀用に書かれた。 秋に完成され、予定されていた12月8日(シベリウスの誕生日)のコンサートには間に合わせることができたとある。
シベリウスの交響曲中で、今のところ5番が一番好き。
ブログに書くのに5回以上聞いているが、ますます好きになっていく。
音の流れに身をひたして「幸せだな~」と。

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2008年5月21日

アダージェット

一日あいてしまいましたが、マーラー/交響曲第5番 嬰ハ短調 の続きです。
作曲は1902年、マーラー42歳のときです。

今日は4楽章のアダージェットのことだけ書きます。他の楽章は次回いつになるかわかりませんが、その時に書きます。

ヘ長調4分の4拍子。
楽器編成は弦楽器とハープで、管楽器と打楽器はなし。
「美しい」と言えば、かえって味気なくなるこの音楽には、弦とハープ以外に付け加えるものはないと思う。管楽器をいれたら魅力をそこなう気がするし、打楽器はもう問題外だ。

だけどハープは絶対不可欠だ。ハープなしには、この楽章は考えられない。

ハープの楽譜を見ると、分散和音でほとんどが8分音符で書かれている。8分音符3つの3連符もある。もし、僕がハープを習い始めたら数か月でできると甘く考えてしまうほど、見た目は簡単だ。
しかし、シンプルだが深い音を奏でるハープがなかったら ・ ・ ・
弦楽合奏のみで演奏した時、美しさと深さが表現できるだろうかと思う。

曲はヴィオラとチェロのハーモニーにハープの響き、ついでヴァイオリンが主題となるメロディを奏でて始まる。主となる旋律は、第2ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロを自在に移り変わりつつ、曲は流れていく。

全体は3つの部分からなっていて、便宜的にABA’とすると、中間部のBには、ハープは用いられていない。ヴァイオリンが高音域で切々とメロディを歌うのである。
AとA’でヴァイオリンは低音域から中音域を使い、Bでは高音域が使われている。
曲想の変化、ヴァイオリンの音域の違い、ハープ使用の有無など、絶妙の組み合わせだと思う。

BからA’の移り変わり、ヴァイオリンがメロディを歌い終わり、弦のハーモニーのなかハープが奏でるところは、たまらなく好き。ほっとした気分になると同時にえもいわれぬ気持ちになるのだ。

曲の最後も言うことなし。低弦の動きと和音の進行、作曲理論も和声法もなにも知らないが、すごいと思う。


ここ数日聴いているのは、カラヤン/ベルリン・フィルの演奏。いくつかのブログで紹介されているのを読み、このCDを購入することに決めました。
一番印象的なのは、中間部のヴァイオリンの響き。ホール全体に広がって、どこか遠くから聞こえてくるようであり、同時にホール全体を包んでいるような感じを受けました。

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2008年5月19日

マーラー/交響曲第5番

映画「べニスに死す」(ルキノ・ヴィスコンティ監督、原作はドイツの作家トーマス・マンの同名小説)を見たのは、 高校生の時(?)だったと思う。

主人公の作曲家エッシェンバッハ(マーラーをモデルにしているらしい)、タッジオという美少年、ヴェニスの町と浜辺、そして映画全編にわたって流れるマーラーの交響曲第5番4楽章のアダージェット。

今でもいくつかのシーンを覚えているが、これらひとつでも欠けると映画として成り立たない。特にアダージェットが他の音楽に代わるのは、あり得ない話だ。

僕にとってこの映画は何なんだろう?
「感動した」と単純に言えない。ただ、心の中の深いところに刻み込まれたのは間違いない。
これまで3回は観ている(はず・・・)が、何度でも観たい。そのたびごとに何かが深く刻まれていくような気がする。


映画「ベニスに死す」が、僕にとってマーラーとの出会いになった。(記憶に間違いなければ・・・)勿論5番の交響曲ともそうである。
ただし、全曲聴くのは数年後、大学の時(だと思うが)にレコードで買った、テンシュテット/ロンドン・フィルの演奏によってだ。これは今でも僕のスタンダードになっている。

マーラーは、あまり聞かない作曲家だ。交響曲でも全く聞いたことがないものがあるし、数回聞いただけで、もう一度聞きたいと思わないものもある。
しかし、ここ数年マーラーのCDは微増傾向にある。購入CD全体に占めるマーラーの割合は、以前と比べると格段にアップした。つまり、好みがはっきり分かれているわけだ。
そんな中にあって、5番のCDはダントツの所有枚数を誇る。

  7枚

どんなお気に入りの曲でも、せいぜい2~3枚しか持っていないことを考えると、異常な数である。
(いろんなブログを拝見していて、1曲に10枚も20枚も持っておられる方から見ると、なにを大袈裟なことを言っていると笑われるでしょう)

よくぞこれだけあるなと思う。
さて、書きだすと止まらなくなりそうです。続きは明日ということで。

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2008年5月17日

チャイコフスキー/交響曲第5番

チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調 作品64

作曲は1988年(作曲者48歳の時)、スコア(全音楽譜出版社)の解説(園部四郎)によると(多少文章表現を変えて引用します)
5番の交響曲の内容を考えると、1988年春から初夏にかけて、ロシアの田園生活(閑静でのどかな村だったようだ)のなかで書き上げられたことを念頭に置く必要がある。

また、この曲の標題的構想をチャイコフスキーは次のように述べているようだ。
第1楽章の序奏部には「運命、または神の摂理の探求しがたい設計といったものにたいする完全な服従」をえがこうとした。
Allegroの二つの主題には、1)「疑い、訴え、非難」と 2)「信仰の抱擁のなかに身をなかに身を投げ出さないのか!!」という衝動をえがこうとした。
第2楽章の草稿では、からかうような「光明の光線」と「いや、希望はない」という威嚇的な運命のコントラストが考えられていた。

このようなことを考えると、この交響曲の重要な特徴が「運命の主題」におかれていることがはっきりする。
事実、この運命の動機は、4つの楽章にわたってライトモチーフの役割を演じているのである。


さて僕の唯一のCDは
指揮:ムラヴィンスキー
演奏:レニングラード・フィル

定評のある名演奏で、いろんな本、雑誌、ブログで取り上げられているので、僕がこれ以上なにを語るのかという感じです。

あえてひねくれて、一つだけケチをつけさせて下さい。
トランペットの音、どうにかならないだろうか。あのペチャンコの音だけは好きになれない。
もし、中学や高校で吹奏楽部の顧問をしていて、トランペットを吹いている子に「理想の音」という内容でCD1枚にまとめて編集することになったとする。最後に「こういう音にならないようにしましょう」と注釈をつけて、レニングラード・フィルのトランペットの音を入れるだろう。

一方、2楽章のホルンのソロでの甘い音色と歌わせ方は好き。

3楽章はワルツになっています。スケルツォが一般的だけど、当時ワルツは大衆性を持っていたこととチャイコフスキー自身も好きだったようです。
僕は「くるみわり人形」などのバレエ音楽のことを考えると、なんの違和感もなく、むしろその方がしっくりきます。

最後に、スコアを見ていて感じるのは、強弱に関する指示が多いこと。ものすごく細かいです。
演奏側にとって、助かる面と音量の微妙なさじ加減を要求されて逆に難しくなる面もあると思いました。

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2008年5月16日

五番街のマリー

高橋真梨子が好きというのは、以前の記事に書きました。

彼女の歌に「五番街のマリー」という歌があります。
これは1973(昭和48)年、ペドロ&カプリシャスの大ヒット曲です。当時のボーカルは高橋真梨子です。
以下は歌詞です。

  五番街へ行ったならば マリーの家へ行き
  どんなくらし しているのか 見てきてほしい
  五番街は古い町で
  昔からの人が   きっと住んで いると思う
  たずねてほしい

  マリーという娘と 遠い昔に暮らし
  悲しい思いをさせた それだけが気がかり
  五番街でうわさを聞いて もしも嫁に行って
  今がとてもしあわせなら 寄らずにほしい

  五番街へ行ったならば マリーの家へ行き
  どんなくらし しているのか
  見てきてほしい
  五番街で住んだ頃は 長い髪をしてた
  可愛いマリー 今はどうか
  知らせてほしい

  マリーという娘と 遠い昔に暮らし
  悲しい思いをさせた それだけが気がかり
  五番街は近いけれど とても遠いところ
  悪いけれどそんな思い 察してほしい


カラオケに行って高橋真梨子の歌ばかり5曲歌うたとしたら、たぶん入ると思います。10曲歌うなら必ず入る曲です。
メロディも歌詞も好きですが、特に最後の二行「五番街は近いけれど とても遠いところ  悪いけれどそんな思い 察してほしい」 には、何か胸を締め付けられるものがあります。

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2008年5月15日

ブルックナー/交響曲第5番

僕はブルックナーが好き。だけどここ5年、10年あまり聞いていない。大学生のころが一番聞いていたと思う。
ここ数年では7番をよく聞く。ほとんど7番といってもいい。
5番は縁遠くて10年以上聞いていないかもしれない。なんとなくとっつきにくいのだ。
今回久しぶりに取り出してきた。唯一持っているCDで、

ロブロ・フォン・マタチッチの指揮
チェコ・フィルの演奏だ

マタチッチはブルックナーを「おもしろく」聞かせてくれる。こんなことを書くとマタチッチファンやブルックナーファンからお叱りを頂戴するかもしれない。
一つ一つのフレーズの輪郭や性格をはっきりさせていることと音楽の展開がたくみなのだと思う。本当に久しぶりに聞いたが70分を飽きさせずに聞かせてくれた。豪快さも魅力である。
あんまり良かったのでもう1回聞いてしまった。

交響曲第5番変ロ長調の作曲は1878年、作曲者53歳(誕生日がきていなかったら52歳)の時。
曲中、僕のお気に入りは
1楽章の序奏。低弦のピチカートのあと、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンの順に音が重なっていき、清澄な雰囲気を作っていくところ。
2楽章の第2主題、ヴァイオリンを中心にたっぷり歌いあげるところ。

久しぶりに聞けたのはブログのおかげです(笑)

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