2007年10月27日土曜日

司馬遼太郎と僕

「司馬氏のアイーダ」とグログ名につけるほど、司馬遼太郎が好きだ。
ただ「熱烈な」をつけるほどもものではないし、「熱心な」読者でもない。

ブログを始めて約3ヶ月半、今まで司馬遼太郎について書いてこなかった。
10月23日の「水蒸気の風土」で初めて書いた。
「満を持してか?」と問われると、「そんなことはない。ただ書かなかっただけだ」とそっけなく答えるよりほかない。
書こうと思えばすぐにでも書けたかもしれない。だが書く以上は、しっかりしたものを書かなければならないという気負いがあったのも事実だ。
そして実際書くとしても、テーマによっては本や資料を読み込み、構成を考え、文章を練らなければならないと身構えてしまう。
何をするにしてもゆっくりの僕には、相当時間のかかることである。

そんな余裕がなかった。ただそれだけのことである。とうそぶいてみせるが、「何を言っている。ただ一歩を踏み出せなかっただけではないか」をつっこみをいれるもう一人の自分がそこにいる。



前置きが長くなりましたね。しばしのあいだ、お付き合いを。

司馬遼太郎の主要作品は膨大な数の歴史小説、「街道をゆく」などの紀行文、「この国のかたち」などの随筆、対談の名手であったから、その道の一流の人達との対談集もあり、講演の文章化したものやCDもある。

あまりにも多すぎで、一生かけてどれだけ読めるだろうかと思ってしまう。

小説は7年前(H12)「故郷忘じがたく候」を読んでから遠ざかっていたが、ぱぐさんに触発されて「燃えよ剣」を最近読み始めた。
また「故郷~」以降、司馬作品から4年間遠ざかっていたが、平成17年1月から刊行された「司馬遼太郎が考えたこと」(全15巻)をきっかけに読み始め、現在10巻目の後半を読んでいる。

ぼちぼちと読んでいる。
特に「司馬遼太郎が考えたこと」は、一日数ページのペースだ。読まない日もある。牛歩戦術じゃないが、本当にのろい。いつ全15巻読破できるのだろうかと思う。

一方、小説は速い。数十ページ進む時もある。
ただこれをブログに取り上げようかなと誘惑にかられる。そうなると読み返してみたり、考え込んだりする。またペースがおちる。これもいつ読み終えるのだろうか。

今日はここまで。そのうち続編を。

2 件のコメント:

ぱぐ さんのコメント...

ぼちぼち読めるのがうらやましいです(笑)。亡くなったときに、え、これであの文章が読めなくなっちゃうのか、というショックが大きかったものですから。

他の人が司馬遼太郎について書いた本もいくつか読んでみましたが、文章の魅力について書いたのが少ないんですよね。丸谷才一と向井敏くらいかなあ。

向田邦子についても同じことが言えます。愛読者たちの文章をまとめた本を読んだことがありますが、はっきり言ってかったるかった。なぜあの文章に学ばないのか、と言いたくなったくらいです。まあそこまで考える人はなかなかいないでしょうが。

司馬遼太郎の小説は初期のものならわりとすいすい読めると思いますよ。よんちゃんさんの感想が楽しみです。

よんちゃん さんのコメント...

ぱぐさん、示唆に富むコメントありがとうございます。
「ぼちぼち読む」には理由がいくつかありますが、一つは文章の密度の濃さです。「司馬遼太郎が考えたこと」の2か3あたりだったと思いますが、その辺りから密度の濃い文になってきたかと思います。
それを自分なりに理解したり、文を味わったりするのに、何回か読み返したりします。
そして、僕の中にしみこませたり、消化するには、容量が大きすぎるために時間がかかってしまうのです。


ちなみに、本文の出だしの一行は、司馬遼太郎風だとひそかに思っているんです(笑)