洋装ですね、この写真は。大阪で「機能的」だと言って洋装を気に入る場面が出てきますよね。この恰好で馬に乗ったらかっこよかったんじゃないでしょうか。着物の写真は残ってないのかなあ。この間、小石川に行ったのですが、たしかあの辺に天然理心流の道場があって、というのが冒頭に出てきませんでしたか。伝通院のところに新撰組の前身の新徴組がここで結成されたという看板が立っていました。
ぱぐさん、こんにちは。ようやく読めました・・・ぱぐさんのブログを見ていると、1日1冊は楽にクリアできるほどの読書ペースだと思います。僕にとっては羨ましいかぎりの速読力です。下巻P509に現存する唯一の写真とありますから、これ1枚だけなんでしょう。天然理心流の道場は、小石川小日向柳町とあります。(上巻P38)新徴組関連では、上巻P209に文久2年(1862)「2月8日に歳三ら新徴の浪士ら300人は小石川伝通院に集結して江戸を出発」とあります。
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2 件のコメント:
洋装ですね、この写真は。
大阪で「機能的」だと言って洋装を気に入る場面が出てきますよね。
この恰好で馬に乗ったらかっこよかったんじゃないでしょうか。
着物の写真は残ってないのかなあ。
この間、小石川に行ったのですが、たしかあの辺に天然理心流の道場があって、というのが冒頭に出てきませんでしたか。伝通院のところに新撰組の前身の新徴組がここで結成されたという看板が立っていました。
ぱぐさん、こんにちは。
ようやく読めました・・・
ぱぐさんのブログを見ていると、1日1冊は楽にクリアできるほどの読書ペースだと思います。僕にとっては羨ましいかぎりの速読力です。
下巻P509に現存する唯一の写真とありますから、これ1枚だけなんでしょう。
天然理心流の道場は、小石川小日向柳町とあります。(上巻P38)
新徴組関連では、上巻P209に文久2年(1862)「2月8日に歳三ら新徴の浪士ら300人は小石川伝通院に集結して江戸を出発」とあります。
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